5月号 早稲田大学教授・石原千秋 祭りをもっと楽しもう
2013.4.28 08:18
この1カ月は村上春樹祭りだった。新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文芸春秋)は瞬く間に100万部を刷り、それでも品薄だという。僕もこのお祭りに指のさきっちょぐらいは参加したが、こういうお祭りを横目でにらみながらわざわざ顔をしかめてみせる「文化人」もいる。この出版不況にお祭りの1つや2つぐらいあった方がいいではないかというのが、僕の考えだ。肩の力を抜いて、もっと文学を楽しみたいものだ。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は村上春樹テイスト満載である。比喩表現の多さ、会話における鸚鵡(おうむ)返しの多さ、それでいて気の利いた会話、主人公の導き役として現れる女性、丁寧な描写、登場人物のハイブローな趣味のよさ、放置されるエピソードの多さなどなど、これまでの春樹ワールドの集大成と言っていいかもしれない。
この小説では、名古屋で過ごした高校時代の5人の仲間のうち、多崎つくるの名字にだけ色が入っていない。そして、多崎つくるだけが東京の大学に進学して、2年生の夏に彼だけが急にのけ者にされる。36歳になった彼は、つき合っている木元沙羅に促されてその理由を知るための旅に出る。いわば自分探しの旅である。これが、村上春樹の朋友と言っていい柴田元幸が訳したポール・オースター『幽霊たち』(新潮文庫)の、村上春樹流の作り直しであることはすぐにわかる。実際、作中で「幽霊」という言葉が何度か使われている。『幽霊たち』の登場人物は、ブルー、ホワイト、ブラックという色の名前を与えられ、探偵のブルーがホワイトからブラックの見張りを依頼されるが、実はブラックこそがブルー自身だったように読める。自分探しの物語=寓話(ぐうわ)なのである。そして、自分とは名前そのものだと言っていい。だから、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は名前をめぐる物語なのである。
No comments:
Post a Comment